星に恋した古代ギリシャ人と縄文人の共通点
星に恋した古代ギリシャ人と縄文人の共通点
先日、とても心惹かれた話を聞きました。
それは縄文時代の遺跡。
長野県の諏訪地方が縄文人にとって、あこがれの場所だったという話。
縄文人が愛した黒曜石(オブシディアン)
諏訪地方では上質な黒曜石(オブシディアン)が採れる。
通常の黒曜石は黒くほとんど光を通さないのに対して、諏訪地方で取れる黒曜石はうっすら光を通し、透明感があるものが採れるのだそうです。
諏訪の黒曜石だけがなぜ透明なのかはよく分かっていないらしい。
この美しい黒曜石は縄文人にとって憧れの石で、この諏訪地方で採れる黒曜石を使った道具が日本各地で発見されているのだそうです。
それにしても流通なんかない縄文時代に、日本の広い範囲で見つかるとは驚きです。
この素晴らしい黒曜石を手に入れるために、諏訪を目指して旅をした事がわかります。
”諏訪”という土地は、諏訪湖があったり、盆地で方角の目じるしになる富士山が見渡せたりと、地形的に日本各地から目指しやすい場所だったんですって。
黒曜石は縄文人の生活必需品だった
そもそも黒曜石を使った道具って、みなさん何だかご存知ですか?
ガラス質で、鋭利に割れる性質を利用して、刃物になったり矢じりになったり。
ガラス質でキラキラ光って、しかも、素敵に、便利に加工できる。
縄文人にとってはなくてはならないものでした。
別に普通の黒曜石でも道具は作れる。でもなんで諏訪の黒曜石を求めて日本各地から求めに来たのか。
それはこの諏訪の黒曜石の呼び名から想像できるんです。
星糞(ほしくそ)とは
諏訪には縄文人が実際に採掘した場所が今でも残されていて、採掘した後の細かい黒曜石のかけらが現代もたくさん発見されています。
そして、さらに面白いなと思ったのは、この地域ではこの透明の黒曜石のことを「星糞」(ほしくそ)と呼んだということ。
糞といっても、古くは”くず・かけら”という意味があるようで(💩ではないですよ)。
要するに、星糞(=星屑)と呼んでいたんですね。
その採掘場は山の高い場所にあって、縄文時代の人工の明かりがない満天の星空は手が届きそうなほどに輝いていた事でしょう。
私も昔、高原の山の上で満天の星空を見たことがあります。
山の上には天の川。無数の星たち。え、こんなに星ってあるの!?って目を疑うほどたくさんの星が煌めいていました。街の明かりで普段は見えないけど実際に宇宙にはこんなにたくさんの星が存在しているんだな〜と感動したのを覚えています。
縄文人がキラキラひかる透明の諏訪の黒曜石を星が落ちてきたものだと思い込んだとしても、不思議はない。
きっと、その美しさや道具になる便利さ以上に、天から落ちてきた特別な石に特別な魅力を感じていたのではないでしょうか?
古代ギリシャ人も星と天然石の関係を信じていた
これは実は日本だけの話じゃないのです。
古代ギリシャ時代でも同じように天然石は星が落ちてきたんだと信じられていました。
(隕石など、一部は確かに星が落ちてきた物と言えますが)
天然石の美しさが輝く星のイメージに繋がっていて、天然石は星と深い関係があるとされていました。
それから星に対応する天然石が徐々に定められていって。
そしていつしか星座石や誕生石に繋がっていきます。
美しい色とりどりの天然石は落ちてくる星によって色が違っているのだと信じていたんだろうな。
天然石には星のパワーが秘められていると。その星の動きが天文学と占星術になって、その星のパワーと自分たちの運命が交差するように。
そのパワーをもらえると信じてお守りの要素が生まれてきたんですね。
天と大地は繋がっていてその恩恵を受けたいと思う気持ちは古代人も今の私たちも同じです。
(注:この写真は普通の黒曜石。残念ながら諏訪産の黒曜石の写真はないのですが、もっと黒い色が薄く透明感があります。)
星に恋した古代ギリシャ人と縄文人の共通点 まとめ
いかがでしたか?
今回は、思いもよらないところで古代縄文人と古代ギリシャ人の共通点を見つけたという話でした。
そして、現代の私たちも同じ。何千年たっても人の心は変わらないのです。
みなさんも、人里離れた高原や山奥で満天の星空を目にしたら同じような気持ちになるかもしれません。
それが無理でも、見えないだけで本当はそこにある。
都会の明かりにかき消されて見えないだけで実は壮大な景色が広がっていると想像してみるのも面白いかもしれませんね。